前回は、保有目的欄のこの一文が、ずっと気になっていた。「大規模な希薄化を伴う大型の資金調達や役員の選任について提案する可能性がある」。その事実が出たら、出尽くしとして買い戻されるのか、それとも素直な希薄化として売られるのか。その問いを残したまま終わった。
1か月後、答え合わせのつもりで6月10日の開示を開いた。けれど、そこにあったのは希薄化でも資金調達でもなかった。「まだ何も決まっていない」。
会社がそう言っただけで、翌11日、株価はストップ安になった。悪材料は、まだ一つも出ていない。それでも落ちた。今回は、その居心地の悪さを起点に、もう一度2月の報告書を読み返してみる。
何が起きたか——6月10日と11日
主役はおなじみ、著名個人投資家の井村氏が代表を務める投資助言会社Kaihouが議決権ベースで筆頭株主に立つ地盤ネットホールディングス(6072)。東証スタンダード上場、地盤改良工事は手がけず第三者の立場から地盤解析に特化する会社だ。198円から1,580円へ4営業日連続のストップ高で駆け上がり、8倍になるまで5日とかからなかった——前回はその熱の話を書いた。
6月10日の引け後、会社は「新規事業に関する検討状況および今後の方針について」を開示した。読んでみると、書いてあるのは「決まっていないこと」ばかりだった。
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Kaihouとの資本業務提携を機に、新規事業の候補として「投資に関する事業」を検討している
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新規事業準備室を設置し、成長戦略・事業性検証・投資判断・リスク管理・ガバナンス・資本政策・IRなど8項目を一体で詰めている
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ただし「実施しないとの判断も含めて検討」しており、事業化の可否・開始時期・投資対象・投資規模・投資手法・収益計画・資金調達の有無のいずれについても、決定した事実はない
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今後の検討の進展により、変更または中止となる可能性がある
希薄化をする、とも、しない、とも書いていない。「やる」とも「やめる」とも言っていない。決まっていない、とだけ言っている。
それでも、6月11日はストップ安。終値1,100円となった。8倍まで買い上がった熱に対して、会社自身が「まだ何も決まっていない」と置いた。それだけで、値幅制限の壁に下から張りついた。
ここで終わらないのが今回の特徴で、会社はその日のうちに、もう一通開示している。「新規事業の検討状況に関するお問い合わせに関して」。前日の開示への火消しだ。これまでの方針を否定したわけでも、Kaihouとの協議が中止・後退したわけでもない。未確定事項を含むため「定型文的な表現を慎重に選んだ」結果、前向きさが伝わらなかった——という指摘を受け止める、という内容だった。5月14日の決算補足説明資料のとおり、6月26日の定時株主総会には新規事業推進に向けた体制の議案を上程している、とも添えている。
ただ、釈明は効かなかった。翌6月12日は前日比+3.27%の1,136円と小幅に戻したものの、ストップ安で削られた分は取り返せていない。一度しぼんだ期待は、翌日の説明文では膨らみ直さなかった。
二つの川——どこに何が流れたか
この一件は、二つの川(EDINETと適時開示)のどちらに何が流れたかを並べると見通しがよくなる。
EDINETの川
適時開示の川
新規事業の検討、業務提携、株主総会の議案は、EDINETではなく会社の適時開示(TDnet)に流れる。だから今回の急落の引き金になった6月10日・11日の開示にEDINETのリンクは付かない。一方、その前提になっている保有目的の予告は、EDINETの大量保有報告書に書かれている。どちらの川を見ているのかを取り違えないことが、この種の銘柄を追ううえでの足場になる。
落ち着いて、2月の報告書を見てみる
急落のあとだからこそ、2月の大量保有報告書をもう一度開いてみる。保有目的欄には、これから起こりうることが二つ書かれていた。
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大規模な希薄化を伴う大型の資金調達
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役員の選任
このうち、役員選任のほうは、もう起きている。5月14日の本決算と同時に井村氏の取締役就任が発表された。提案は現実になった。
では、希薄化のほうはどうか。まだ起きていない。それどころか6月10日の開示は、資金調達の有無すら決まっていないと言っている。つまり今回の急落は、希薄化が「起きた」からではない。希薄化が「動くのかどうかすら、まだ決まっていない」と分かったから落ちた。
ここに気づくと、保有目的欄の使いどころが少し変わる。この欄は、何が起きたかを後から確かめる道具であると同時に、何がまだ起きていないかを先に教えてくれる地図でもある。地図を持っていれば、急落の渦中でも「描かれている希薄化は、まだ来ていない」と落ち着いて確認できる。悪材料が出たのではなく、期待の前提が宙に浮いただけだ、と。
8倍は、期待で買われた値段だった。期待は、悪材料がなくても、「決まらない」というだけで剥がれる。今回はそれが起きたのだと思う。
決まっていないなら、言わなければよかったのに
ホルダーだったらこう思う気がする。決まっていないなら、わざわざ言わなくてよかったのではないか。これから決めて、決まってから発表すればよかったのではないか。なぜ会社は、自分から「まだ何も決まっていない」と開示したのか。
まず押さえておくと、「検討中」という段階は、本来は適時開示の義務対象ではない。東証の適時開示でただちに出さなければならないのは、決定事実・発生事実・決算が中心で、「新規事業をやるかどうか検討している」という途中経過には、出す義務はない。つまりあの6月10日の開示は、出さなくてもよかったものを、会社があえて出したことになる。だから「決まってから言えばいい」という感覚は、ルールのうえではまったく正しい。
理由の半分は、開示文の前段に書いてある。6月26日の株主総会を前に、新規事業の検討状況について株主・投資家から多数の問い合わせが来ている。だから投資者間の公平性に配慮して、現時点で公表できる範囲を説明する——と。
これを素直に読むと、こういう事情が見えてくる。会社は5月14日の決算発表のとき、新規事業推進に向けた体制の議案を株主総会に上程している。議題に載せた以上、株主は当然「その新規事業とは何か」を聞く。会社は自分の手で、説明する責任を発生させていた。そのうえで問い合わせが殺到すると、一部の投資家にだけ個別に答えれば、情報の公平性が崩れてしまう。だとすれば、全員に同じ内容を一度に出してしまうのが、いちばん安全な対応になる。たとえ中身が「まだ何も決まっていない」であっても、だ。
そして、ここがいちばん皮肉なところだ。公平に、誠実に「まだ何も決まっていない」と伝えようとした、その開示そのものが、株価を動かす最大の材料になった。会社は決定事実を出したのではない。むしろ「決定した事実はない」と出した。それを市場は重く受け止めた。翌日の火消しは、その重さに気づいて出したものだろう。
決まっていないことを、決まっていないと言う。期待で膨らんだ株は、そんな当たり前の一言に大きく反応してしまうのかもしれない。
今後どうなるだろう
ここから先は、正直わからない。わからないなりに、分かれ道だけ並べておく。
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6月26日の定時株主総会。新規事業推進に向けた体制の議案が、どんな形で出され、どう可決されるか。役員選任や定款変更、資金調達に関する授権の枠——総会の議案が、2月の予告のどこに対応するのか。
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投資事業を、そもそもやるのか。 会社は「実施しないとの判断も含めて検討」と書いていて、やらない可能性も残している。もし投資対象・規模・手法まで決まれば、「まだ何も決まっていない」は終わり、良くも悪くも市場は中身を見て判断できる。逆に見送り・中止なら、和製バークシャー期待そのものが前提から崩れる。
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希薄化を伴う資金調達が、実際に提案されるか。来たとき、前回の問いにそのまま戻る。出尽くしとして買い戻されるのか、それとも素直な希薄化として売られるのか。
どれも、まだ起きていない。今回の急落は、悪材料の発生ではなく、期待が「決まらない」に耐えられなかった、というだけの話だったのかもしれない。だとすれば、期待がもう一度この会社の物語を信じられるかどうかで、株価は戻りもするし、戻らないままにもなる。それは材料というより、市場の気分の問題に近い。
おわりに
実際に来たのは希薄化でも資金調達でもなく、「まだ何も決まっていない」の一言だった。それだけで8倍のあとの株がストップ安になり、翌日の釈明でも戻りきらない。
こちらが想いを伝えられないでいるうちに、今度はあの子のほうから口を開いた。「まだ何も決めてない」と。これは脈あり!?脈ありだよね!?いつか勇気を出して声をかけられたらな。やっぱり目が離せない。
残りの予告が現実になるのか、ならないのか。総会の日まで、もう少しだけ見ていようと思う。
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